十社大神は馬とゆかりの深い神社です。
来る令和8年が午年(うまどし)なので、少しご紹介いたします。
まず、十社大神には、大きな木造神馬がいます。
白馬は高さ185センチ、黒い馬は高さ180センチと、いずれも大きく、昭和20年代の地元紙には「県下最大の神馬の木彫り」という大きな見出しを添えた記事が掲載されています。
白馬は、もとは応永7年(西暦1400年)に伊勢の神宮から神様をお迎えしたときに、神様のお供として運ばれてきたと伝わります。
そして、黒い馬は、江戸時代に地元の人々が奉納されました。一対で、射水市の指定文化財になっています。
神馬は昔から「神様の使い(神使)」と言われ、先人たちは「神様は馬を愛でられる」「神様は馬に乗って移動される」と考えてきました。
やがて、神馬には信仰の対象という側面も出てきて、人々は神様に伝えたい願いを神馬に託すようになったといいます。
十社大神の二代前の宮司は、お祭りの際に馬に乗って移動していたそうで、その様子を示す写真が今も残されています。
この写真の人物が、その二代前の宮司・義良です。撮影時期は、おそらく大正末期か昭和初期だと思います。
今でも、兼務している神社にうかがうと、
地元の長老の方から
「神主さんのご先祖様は馬に乗って来られ、そこの木に馬の手綱を結んで、お祭りの間待たせていた」
「お祭りのあと直会をしていると、馬がいななくのを聞いた宮司さんが『そろそろ帰らないとな』と腰をあげた」
などといったお話を聞きます。
二代前の宮司はもう亡くなっているので、当時の話を聞くことはできませんが、今はご自身が神様になられ、今も馬を愛でていらっしゃるのかもしれません。
十社大神の宝物殿には、数多くの絵馬が展示されています。
先人たちは、神様に「願いを託す」ときに、最初は生きた馬を神様に奉納していたそうですが、やがて、木造神馬のような大きな等身大の神馬に「願いを託す」ようになったそうです。
やがて、さらに時が経つと、絵に馬を描いて奉納するようになりました。
それが、いわゆる「絵馬」のルーツです。
十社大神には、その「馬に願いを託す変遷」の節目節目を表す宝物が数多く残っているのです。
さらに時が経つと、
絵に描く内容が「馬ではない」ケースが増えてきました。
それがやがて現代の絵馬につながっていくわけですが、江戸時代ごろの絵馬は、様々な絵が描かれており、どれも当時の人々の願う内容が反映されていて興味深いです。
例えば、この写真は、鎌倉時代の宇治川の合戦で敵陣に一番乗りを果たした佐々木信綱の活躍を描いたものです。(NHK大河ドラマの鎌倉殿の13人にもこの場面が登場していました)
奉納された方は、ひょっとすると、
「この武者のように活躍したい」
あるいは
「仕事を成功させたい、、、」
という願いを、この絵馬に託していたのかもしれません。
十社大神には他にも数多くの絵馬があり、奉納者がどのようなことを考えてこの画材を選んだのかを考えると、一点一点とても考えさせられます。
十社大神は、令和8年の1月1日~3日の午前9時から午後5時までは、この宝物殿を開放することにしました。
初詣とあわせて、どうぞ拝観ください。
