神輿の修復が完了 約170年前の輝きに

江戸時代に造られ、令和元年の今年、168年ぶり大改修をしていた御神輿が、

無事に完成し、先日、十社大神の神輿殿に戻ってきました。

 

今回の事業では、

いったん解体して全ての部品を取り外し、

欠落箇所は新たに造り、残っているものは忠実に復元し、

あらためて組み立てて漆を塗り、金箔を貼っていただきました。

 

久しぶりに見る御神輿は、新品同様に見え、

この御神輿の豪華さ・仕事の精密さに、あらためて驚かされました。

 

十社大神の御神輿は、
屋根と胴の幅が約2m、高さは、鳳凰まで含めると約2m70㎝、
大きさも、かなりのものです。


修復を依頼した物産店の方によりますと、
「全国規模で御神輿の仕事を取り扱っている燕三条の金物メーカーの人が
『今まで扱った中で1・2を争うほど立派な御神輿だ』と話していた」と言われ、
この御神輿を残された先人達に改めて畏敬の念を抱きました。

そして、なんといっても特徴的なのが、形です。

一般的な御神輿は四角形が多いのですが、この御神輿は、八角形です。

 

八角形のほうが、四角形より製造の難易度が高いのですが、

八角形は天皇陛下が即位の際に座られる『高御座』と同じ形で、格調の高いものです。

 

大伴旅人が、大宰府に赴任した際に

「やすみしし我が大君(おおきみ)の食(を)す国は、大和もここも同じとぞ思ふ」と歌っています。

冒頭の『やすみ』とは、日本の国を構成する八つの島のことで、

国家を統治していることを表すと同時に、四方どころか八方に威光が行き渡っていることにつながると思われます。

 

大伴旅人と言えば、『令和』の語源となった一文を読まれた歌人で、

越中国司だった家持の御父上です。

 

令和元年のこの年に、この八角形の立派な御神輿が麗しく復元されたことに感慨を覚えるとともに、

この事業にご協力いただいた全ての方にあらためて感謝申し上げる次第です。

 

ところで、

令和元年10月14日(月・祝)に予定している御神輿の修復披露を兼ねた稚児行列は、

小雨決行です。

 

多くの方に、この御神輿をご覧いただけたらと思います。

 

※令和元年10月10日掲載分より